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【インサイド・ヘッド】

ピート・ドクター監督/2015アメリカ
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アメリカにもエア彼氏ってあるんだな



ライリーが生まれた時、ライリーの脳の中にも、「喜び」「悲しみ」が存在していた。しだいに「怒り」「ビビリ」「ムカムカ」など5つの感情が出来、いろんな場面で、その感情たちがライリーの表情や言葉、態度を操作している。
ライリーは11歳になり、父親の仕事の関係でミネソタからサンフランシスコに引っ越しする事になった。
サンフランシスコの家は狭く、庭もなく、引っ越し荷物は業者のミスで届かず、ライリーは寝袋で寝る生活をする。
学校になじめないライリー、そして事業がうまくいかずイライラしている親。
そんな時、ライリーの頭の中では問題が発生し、「喜び」と「悲しみ」が司令塔から飛び出てしまい、おかげでライリーは、「怒り」「ビビリ」「ムカムカ」という感情だけに支配され、何も感じなくなり、家出を図る。






1番最初に何故か、ドリカムの曲が流れるんですよね、フルで。
しかも画面には、いろんな人の笑顔や泣き顔などの写真が次々に映し出されるんです。

保険のCMじゃないんだからさー、やめてくんないかな?


たぶん、どっかで「家族のいろんな瞬間の写真を撮って、映画に出よう」みたいな企画があったんでしょうね。
そんなの最後にやって欲しいです。
「もしかして、これって短編アニメの代わり?」とか思ってしまいました。


心配してたのですが、ちゃんと短編アニメはありました。
『南の島のラブソング』という、ジェームズ・フォード・マーフィというアニメーターが初監督した作品です。
悪くないアニメなんですけど、ガールフレンドが幽霊みたいで怖かったです。




ライリーの成長アニメかと思っていたら、
「喜び」と「悲しみ」がライリーの脳から司令塔に戻るまでの大冒険という話でした。

「怒り」「ビビリ」「ムカムカ」は脇役で、「喜び」と「悲しみ」で話は進みます。

不思議なのは、
「悲しみ」が記憶にふれると、楽しい記憶ですら悲しみに変わる、んですが、それなら他のキャラでも同じ事が起きそうなのに、起きません。

しかも、この「悲しみ」が勝手に記憶にさわりまくって、ライリーの大事な記憶ですら悲しみに変えようとします。
絶対、確信犯ですよね。
LittleGirlInsideOutFeature-720x547.jpg

「喜び」はライリーに喜んでもらうために頑張るのですが、「悲しみ」が足を引っ張って、司令塔から飛び出てしまう、という大問題が発生します。

とうとう記憶のゴミ捨て場まで落ちてしまう「喜び」なのですが、そこで悲しみます。

いやー、キャラは喜びなんだから悲しんだらダメなんじゃない?
「喜び」という1感情のハズなのに、キャラクターとして立ってるんじゃねーよ。
とか思いました。

とりあえず「喜び」は、くじけたり、諦めたりしませんから、何とか司令塔に戻る方法を探し出します。
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最初の方、かなりイライラさせられる「悲しみ」ですが、「悲しみ」の存在でライリーを元に戻す事が出来るのです。

その後、ライリーはサンフランシスコで友達も出来、大好きだったアイスホッケーもやるようになって楽しく過ごします。



ピクサー製作だけあって、アニメーションは素晴らしいし、演出も良かったです。
どうしても紫色ばっかり使ってるように思えますが、まぁ文化的な関係でしょうし。

話が、奇しくも、『脳内ポインズンベリー』と同じ設定でしたが、話として、まだ『脳内ポイズンベリー』の方がまとまってて分かりやすいです。
『インサイド・ヘッド』は、あんまり小さい子供だと意味が分からないかも知れません。



問題なのは、話があんまり面白くもなく、ワクワクもしない事です。

大事な記憶は、ライリーの性格を位置付ける重要なアイテムで、島となって存在してます。
しかし「喜び」が司令塔にいない間、次々と崩壊します。
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その間、ライリーは暗くなりますが、結局、新しい島がまた出来て、明るいライリーに戻ります。

いやー、それって、

大事な記憶とか思ってても、どうせ忘れちゃうんだし、
また新しい思い出を作ればイイだけじゃん。

って事になりません?




監督は、『カールじいさんの空飛ぶ家』でも監督をしてるのですが、そこでは少女エリーを自分の娘に被せてました。
今回も自分の娘を見てて感じた事を映画にしてるので、ライリーが幼い頃やった事などは、実際に子供を持ってる人には思い当る事もあり、懐かしく感じるでしょう。

しかし、これ、感情を擬人化してしまったせいで、逆に物語が薄くなってしまいましたね。
物語のほとんどが、「遠くに飛ばされたけど司令塔に戻る」というだけに絞られてしまったせいで、
ライリー自身が頑張って「喜び」を取り戻すのではなく、
「喜び」がキャラクターとして冒険する話になってしまいました。



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